モスタルにこんなに長居するとは・・・
当初の予定では1日滞在の予定が、気づけばもう5日間います。
モスタルの旧市街自体は1日もあれば十分に観光できるのですが、ホステルが気に入ってしまい、こんなに長居しています。
家族経営のホステルで、兄弟とおばあさんが一人、まるで家族の一員になったかのように居心地がよく、今まで泊まった中でダントツ一番のホステルと断言できます。
朝は、おばあさんが毎日おいしいコーヒーを一人ずつ入れてくれます。今日はおやつに手作りケーキまでいただきました。

今までは日程がかなり少なく、忙しい旅ばかりしていましたが、こうして1カ所にじっくり滞在して地元の人と触れ合うのもなかなか良いものです。
昨日からホステルのオーナーのマイダさんにボスニアコーヒー(トルコ風)の作り方のレクチャーを受けています。
トルコ風コーヒーは現在多く飲用されているドリップ式と違い、コーヒーを水で煮出して作られ、コーヒーの原点とされています。

ボスニアコーヒーを作るときに使うジェズベ、なければミルクパンなどでも良いのですが、ほしかったので購入しました。
土産物屋でジェズベを買うと6ユーロくらいするのですが、マイダさんが地元の人が行くスーパーマーケットに連れて行ってくれ、半額以下の2ユーロ強で買うことができました。

ボスニアコーヒー用のコーヒー粉も購入しました。深煎りのコーヒーを極細で挽いたものでも、煮たような感じに仕上がると思います。コーヒー粉も安く100gで100円ほど。。
ジェズベにお湯とコーヒー粉を注ぎ、少し火にかけ、あくのような泡が上に溜まってき、吹き零れる寸前で火を止めるという一見シンプルそうなつくり方なのですが、火を止めるタイミングが難しく、なかなかキレイナ泡を作りだすことができません。
ボスニアコーヒーはこの泡が重要で、デミタスカップに泡をスプーンですくって入れて、それからコーヒーを注いで飲みます。
今日ホステルに新しく泊まりに来た人、一人一人にボスニアコーヒーを入れましたが、マイダさんのように上手くは入れれませんでした。
夜のモスタル




もっとここに居たいのですが、、ダブリンへのフライトがだんだん迫っているので、このあたりで次の目的地に移動しなければなりません。
☆15日目の朝食☆
・クッキー
・コーヒー
無料
☆15日目の昼食☆

・パプリカとタマネギのケチャップ風ソース炒め
約1.4KM(約116円)
☆15日目の夕食☆

・タマネギとベーコンのトマトパスタ
約1.6KM(約132円)
☆15日目に使ったお金☆
5.5KM(約454円)
私が今滞在しているモスタルもボスニアヘルツェゴビナ独立にともなう内戦の激戦地となった地域で、サラエヴォ以上に戦争によって破壊された建物が取り壊されることなく残っています。
特にモスタルはカトリック教徒のクロアチア人とイスラム教徒のボスニア人の間での戦闘が激しく、ネレトバ川を境として現在もなお居住区が分かれています。

川を挟んで左がクロアチア人側、右がボスニア人側








手前は最近建てられた家・・・

お墓には1993年に戦死した人の真新しい墓石がずらり
☆14日目の朝食☆
・クッキー
・コーヒー
無料
☆14日目の朝食☆

・インスタントラーメン
・ふりかけご飯
約1.21KM(約100円)
☆15日目の夕食☆

・パプリカとタマネギのケチャップ風ソース炒め
約1.4KM(約116円)
☆15日目に使ったお金☆
27.19KM(約2243円)
今日は、モスタルの旧市街地を観光。

モスタルのシンボル、スタリモスト橋
この橋は1993年の戦争中に破壊され、2004年にユネスコの協力により復元されました。現在、この橋と周辺は世界遺産に登録されています。



橋から川に飛び込む人
川底がそんなに深くなく、素人が飛び込むのは危険で、よくケガをするらしいです。25ユーロ(約4000円)支払うと、川へ飛び込むための特別なトレーニングを受けれるそうです。
町はその橋をはさんで、東側はイスラム教のムスリム人、西側はカトリックのクロアチア人と住み分けがされていて、お互いの行き来はあまりないそうです。
イスラム寺院のモスクにあるタワーをミナレットと呼ぶそうなのですが、この町にはそのミナレットに登ることができるモスクが2つあります。ミナレットに登れるモスクは非常に珍しいそうです。

ミナレットからの眺め

モスクの内部


☆13日目の朝食☆

・ふりかけご飯
約0.5KM(約41円)
☆13日目の昼食☆

・ブレック
1.5KM(約124円)
☆13日目の夕食☆

・卵丼
・ホームメイドスープ
約1.2KM(約99円)
☆13日目に使ったお金☆
29.8KM(約2459円)
今日はホステルが主催する、モスタル郊外を散策する1日ツアーに参加しました。
参加者はアメリカン2人、アイリッシュ1人、オージー3人と私でした。
ツアーガイドはホステルのオーナーのバタさんが務め、ツアー代金も格安で15ユーロ。
まず、モスタルの旧市街の近くにあるホステルから車で20分くらい行ったところにある町、Pociteljへ。
この街の起源は1444年にまでさかのぼると言われており、1471年から1888年までトルコに支配されていました。1990年からの内戦で多くは破壊されてしまいましたが、戦後再建され、観光客もだんだん増えてきているようです。




観光客にフルーツを売る少年
次は、乗馬を体験をしました。ツアー代金には含まれず、別途10ユーロ(約1600円)必要でしたが、せっかくなので参加しました。

しっかり調教されてるせいか、馬を操るのは非常に簡単でした。牧場の外周を1時間くらいかけて一周し、景色がものすごくきれいで癒されました(・o・)


クラヴィスの滝
牧場から車で走ること20分、クラヴィスの滝に到着しました。ガイドのバタさんが言うにはバルカン半島で一番キレイだと言っていたので、非常に楽しみにしていました。

滝からの水蒸気でうまく写真取れませんでしたが、実際はものすごく美しいです(>_<)
ツアーのメンバー数人は水温が冷たいにもかかわらず泳いでいました。


今日のツアー最後の場所、Blagajに向かいました。たまたま今日は1年に1度の特別な日で、約4万人が、この街にあるモスクに巡礼に訪れるそうです。

沿道には出店がいっぱい

川の水を飲むと幸運が・・・

モスク

モスクの内部
☆12日目の朝食☆

・ブレック
2KM(約165円)
☆12日目の昼食兼、夕食☆

・チェバブチ
4KM(約330円)
☆12日目に使ったお金☆
79.6KM(約6567円)
朝から、1984年に開催されたサラエヴォ冬季オリンピックのグランドを見学しに行きました。本グランドの中へは入ることはできませんが、周りから見ると遠くに無数のお墓が並んでいます。
そこはオリンピックの補助グランドだった場所で、1991年からのボスニア紛争で犠牲となった人の墓地となっています。紛争中は犠牲者が多すぎて、埋葬する場所がなかったため、その地をお墓にしたらしいです。

1984年のオリンピック開催時にはそんな紛争が起こるなんて想像できなかったでしょう・・・
ボスニアでの犠牲者は1万人以上と言われています。
街の建物は新しく建て替えられたりと、戦争のつめ跡は徐々に薄くなっていますが、未だに銃痕の残る建物、破壊されたビルなどがたくさんあります。




紛争時、最前線だった通称、スナイパー通り

世界中のジャーナリストが紛争中に宿泊していたホテル、ホリディイン

第二次世界大戦の戦死者を悼む聖火

ボスニアにも日本政府が寄付したバスがたくさん。。

公園で巨大チェスを楽しむおじさんたち
昼食はボスニアの伝統料理のチェバブチチを食べました。チェバブチチはナンのようなパンにソーセージを挟んだシンプルな料理ですが、中のソーセージはジュウシーでとてもおいしかったです。
食後は、ボスニア伝統のボスニアコーヒー(トルコ風!?)を飲みました。普段飲んでいるコーヒーと違い、煮詰めてコーヒーを入れているらしく、とても濃厚な味がしました。コーヒーは一杯1.5KM(約124円)でした。
午後5時のバスでボスニアを出発し、世界遺産の街モスタルにやってきました。
サラエボのホステルのおじさんが紹介してくれた、ホステルに泊まることにしたのですが、わざわざオーナーのおじさんがウェルカムボードを持ってバスターミナルまで迎えに来てくれ、ホステルまでの道中、色々な名所を説明してくれました。
ホステルについてからはジュースとケーキを出してくれ、さらに詳しく街の歴史や観光スポットまで紹介してくれました(・o・)
たぶん、今までで泊まった中で、一番の待遇の良いホステルだと思います。
気に入ったので、3日ほどここに滞在します・・・。
☆11日目の朝食☆

・パン
0.80KM(約66円)
☆11日目の昼食☆

・チェバプチチ
2.5KM(約206円)
☆12日目の夕食☆

・ツナとタマネギ丼
1.2KM(約99円)
☆12日目に使ったお金☆
47KM(約3878円)
バスは昨夜、22時30分にセルビアの首都、ベオグラードを出発。セルビア側で出国審査、ボスニア側で入国審査を受け、早朝の6時半にボスニア・ヘルテェゴヴィナのセルビア人共和国側バスターミナルに到着。
サラエヴォには2つのバスターミナルがあり、ボスニア連邦側のバスターミナルはサラエボ駅に隣接しているのですが、セルビアやモンテネグロからのバスの便は市内から13km離れたセルビア人共和国側バスターミナルに発着します。
セルビア人共和国側バスターミナルには喫茶店と売店くらいしかなく、早朝ということもありほとんどしまっていました。
そこから町の中心部に行くには、トローリーバスに乗って行かなければならないのですが、ボスニアマルクを持っていなかったので乗ることができませんでした。
両替所は近くにないらしく、バスターミナルで知り合ったアメリカ人のバックパッカー2人と一緒にATMを探すことに・・・。バスターミナルから1kmほどはなれたところに銀行があり、ボスニアマルクを引き出すことができました。
バス停まで戻るのが面倒だったのでタクシーで町の中心部に行くことにしました。料金は20KMで、一人当たり約7KM(約616円)でした。
町に到着後、すぐにホステルにチェックインし荷物を置いてサラエボの旧市街を散策しました。


この国はイスラム教徒であるムスリム人が全体のの約半分、セルビア正教徒のセルビア人が約30%、カトリック教徒のクロアチア人が約17%で構成されていて、イスラム寺院のモスク、セルビア正教会、カトリック教会が町の中心にたくさんあり、多民族、多宗教が交じり合い、独特の雰囲気をだしいて、ここがヨーロッパであることを忘れてしまいそうです。
町並みもイスラムの影響を強く受けていて、旧市街の職人街バシチャルシアは瓦屋根の商店が軒を連ねています。

カトリックの教会

イスラム寺院




バシチャルシアのシンボル、セビリ(水飲み場)

バシチャルシアから北へ15分ほど歩いた丘の上からのサラエボの眺め

中央市場
中央市場で食材を見ていると、ある50歳代くらいの女性に話かけられました。。
「どこから来たの??日本??」
日本からと答えると。。
今日の宿はもう決まっているのかと聞かれ、、私のところも宿をやっているから、泊まらないかと言われました・・・。
街中で、宿の客引きはたくさんいるので、普通なのですが、
「今日、日本人のBOYが2人泊まるの(・o・)」とそのおばさんが言ったので、
まさか、、あの有名なイヴァナではないか思い、、適当にあしらっていると、、「今日は2人のために夕食を作るから忙しいの・・・」と言い、立ち去ろうとしたので、
最後に勇気を出して、、名前を聞くと
「イヴァナ、ヤスナよ」と・・・
やっぱり。。
今日の夜はその日本人のBOYが餌食になるのでしょう・・・。
英語で会話をしていたのですが、やたらとBOYを強調し、嬉しそうでした。
その女性のことを知りたければ、検索かけてみてください。"サラエボ、イヴァナ"で検索するとたくさんでてきます♪

サラエヴォ事件の現場
1914年から始まった第一次世界大戦の引き金となったサラエボ事件が起こったのがこの橋です。オーストリア・ハンガリー帝国の皇太子夫妻が、セルビア人の青年に射殺され、そこから様々な国を巻き込んでの大戦へ・・・
ホステルのキッチンにコンロがなかったため、夜は外食しました。

電動工具で、ケバブを削る・・・
以下の写真は夜の町並みを撮影したものです。




☆10日目の朝食☆

・パン
30Din(約60円)
☆10日目の昼食☆

・パプリカと玉葱のチャーハン
約60Din(約120円)
☆10日目の夕食☆

・ケバブサンド
2.5KM(約220円)
☆10日目に使ったお金☆
39.85KM(約3507円)
ホステルの洗濯機が無料で使えたので、朝から洗濯しました。日差しが強く午前中にもう乾いていました。

1999年にNATOによる空爆を受けたベオグラードですが、まだ街中にはその爪跡が痛々しく残っています。

無数の銃弾の跡


空爆により破壊されたビル

国会議事堂
セルビアでは11日に総選挙が行われる予定で、EU加盟を推進するタディッチ大統領と、それを反対するコシュトニツァ首相との間で亀裂が生じており政局が混乱してる状態です。またコソボ独立も依然として問題視されています。EUはコソボ独立を支援していますが、タディッチ大統領は今日の演説でコソボの問題とEUの加盟は切り離して考えるべきだと主張していました。
今日は大規模な選挙演説が国会議事堂近くの広場で行われていましたが、不測の事態に備えてTVで見ることにしました。ホステルのスタッフのお兄さんが演説のTVを見ながら色々教えてくれたので、演説の内容を理解することができました。

テレビ中継の様子
演説場所がホステルからそんなに離れていなかったので、窓の外からは演説の声をじかに聞けました。
11日の選挙の結果次第ではセルビアが国際社会から孤立してしまう可能性があります・・・。

聖サヴァ教会
100年以上前から建設していますが、未だに完成されていないセルビア正教の教会で、完成されれば、東方正教系の教会としては最大のものになるらしいです。未だに完成の目処はたっていません。

ベオグラード最大の市場

日本政府が無償で提供したバス
日本と旧ユーゴスラビアの国旗がペイントされています。
22時30分のバスでボスニアヘルツェゴビナの首都、サラエボに向かいます。料金は1445Din(約2900円)所要時間は8時間です。
☆9日目の朝食☆

・チョコパン
40Din(約80円)
☆9日目の昼食☆

<・玉葱とシーチキンの味噌パスタ
約65Din(約130円)
☆9日目の夕食☆

・パプリカと玉葱のチャーハン
約115Din(約230円)
☆9日目に使ったお金☆
1700Din(約3700円)

ブダペストの東駅 PM11:00
予定より30分遅れてセリビアの首都ベオグラードには7時に到着。
列車はボロボロの車体で、乗客もほとんどおらず、ガラガラでコンパートを一人で占領できました。
これまで列車で国境を越えてもパスポートコントロールがありませんでしたが、今回はハンガリー側、セリビア側でパスポートコントロールを受けました。

駅から徒歩5分のところにあるホステルにチェックイン後、市街地を観光。


おんぼろのトローリーバス
カレメグダン公園
サヴァ川とドナウ川の合流する丘の上にある公園で、幾度との戦闘を耐え抜いてきた要塞が残されています。公園内には軍事博物館もあり、第二次世界大戦までに使用された武器などが展示されています。





サヴァ川とドナウ川の合流地点


公園内には野生のリスが・・・


公園は市民の憩いの場でもあり、多くの人がベンチでのんびりしたり、備え付けられたチェス板でチェスを楽しんでいました。

セルビア正教大聖堂
他の国に比べると観光客も断然少なく、日本人にはまったく出会いませんでした(>o<")
町の人はとても親切で、公園のベンチで座っていたりしても、気さくに話しかけてくれます。
☆8日目の朝食☆

・チョコパン
40Din(約80円)
☆8日目の昼食☆

・玉葱とハムのトマトパスタ
約150Ft(約105円)
☆8日目の夕食☆

・玉葱とシーチキンの味噌パスタ
約85Din(約170円)
☆8日目に使ったお金☆
1090Din(約2180円)
今日は公園で人間観察したり、市場で食材を買ったりとゆったりと過ごすことができました。今までハイペース過ぎたので、こうしてのんびり過ごすのもよいものです。
昨日のホステルは10人のドミトリーだったのですが、宿泊者が4人とかなり空いてました。しかも私以外の3人はおばちゃんバックパッカーでした。
3人は南アフリカ人、デンマーク人、オランダ人で別々に旅行していて、たまたまこのホステルで出くわしたそうです。推定ではオーバー40・・・。
ホステルで熟年の女の人はあまり宿泊してるのを見たことなかったので、熟女3人プラス日本人の若者1人という組み合わせはなかなか変な感じでしたが、色々な話しが聞けたのでよかったです(・。・)

中央市場の外観はとても市場とは思えないくらいきれいで、地下、1階、2階とずらりと食料品の商店や土産物屋が並んでいます。




お土産などの値段も、メインストリートなどの商店と比較するとかなり安く、交渉次第ではさらに安くしてもらえるのでオススメです。
広場では大きなシャボンダマを作る大道芸をしている人がいました。作るそばから子供たちに割られ若干イライラしていたように見受けられました。



夜、23時25分の夜行でセルビアの首都ベオグラードに向かいます。
ベオグラードには翌朝の6時半到着予定で、所要時間は7時間ほどです。料金は2等で3825Ft(約2678円)。
☆7日目の朝食・昼食☆

・インスタントヌードル
・ふりかけご飯
約0.60ユーロ(約96円)
☆7日目の夕食☆

・玉葱とハムのトマトパスタ
約170Ft(約119円)
☆7日目に使ったお金☆
4815Ft(約3371円)
今朝、ハンガリーの首都ブダペストに到着しました。
ポーランドのクラクフからブダペストまでの直通列車はお昼に1便と夜行が1便の計2便です。
昨日チケットを買ったときに学割2等で220zt(約8800円)とかなり高かく、、コンパートのつもりだったのですが、実際は寝台でした。どうやら夜行はコンパートメントがないようです。
1部屋に6つのベットがあり少し窮屈でしたが、寝心地はよく、10時間半の長旅でしたが、ぐっすり眠ることができました。

ブダペスト東駅
ホステルにチェックイン後、少し仮眠を取る予定でしたが、列車の中で快眠だったので、すぐに観光に出かけました。


ハンガリーは温泉があることでも有名で、数多くの浴場があります。今日はその中の一つ、本格派トルコ風呂のキラーイ温泉に行ってきました。この温泉の起源は1570年前までさかのぼるという非常に歴史ある温泉です。料金はまず最初に2300Ft(約1610円)支払い、1時間以内の利用なら1000Ft(約700円)が返金されます。
曜日により男女の入場が制限されており、隔日で入れ替わっているようです。水着を着用しなければいけません。

キラーイ温泉の外観
この温泉は低めの温度のお風呂、高めの温度のお風呂、水風呂、サウナと別れており、低めの温度の風呂は、温度がとても低く、温水プールに入っているような感じでした。
噂どおりゲイのカップルが温泉内でイチャついており、目のやり場に困りました。また、変なおじさんが無言でニヤニヤしながらやってくるので、落ち着いてお風呂につかっていれませんでした。

王宮

漁夫の砦


プダとペストをつなぐ橋

国会議事堂
☆5日目の朝食☆

・チョコクリームパン2個
3.5zt(約175円)
☆5日目の昼食☆

・ハムと野菜のサンド
400Ft(約280円)
☆5日目の夕食☆

・パプリカと玉葱のトマトソースパスタ
196Ft(約115円)
☆5日目に使ったお金☆
6288Ft(約4402円)
今日は、クラクフからバスで1時間半ほどのところにある、ユネスコの世界遺産に登録されているアウシュビッツ強制収容所へ行ってきました。
アウシュビッツ収容所は第二次世界大戦中に、ナチス・ドイツの統治により、ユダヤ人、ポーランド人、ロマ、反ナチス活動家、などが捕らえられ、この強制収容所に送られてきました。大半は過酷な労働をさせられてから、殺害されてしまいました・・・。その数は、はっきりとはしておらず推定150万人以上と言われています。
クラクフのバスターミナルからは30分に一度ほどのペースでバスがありますが、私が行った時間帯が悪かったのか、バスといいっても、ワゴンをちょっと大きくしたような車で、しかもいっぱいだったので、1時間半立ちっぱなしでした。料金は10zt(約500円)

強制収容所の入り口
門には「ARBEIT MACHT FREI」働けば自由になる、というスローガンが掲げられています。
中は博物館として公開されていて、まさに負の遺産です。



ガス室

死体を焼く焼却炉


大量虐殺の際に使われた毒ガス、チクロンB
1942年から1943年の一年の間に2万キログラムのチクロンBが使われたとされています。

収容者から没収した靴
その他、収容者から没収した、カバン、ブラシ、義足、めがねなどが展示されています。

数え切れない、処刑された収容者の写真

地下牢

「死の壁」
ここではかなりの収容者が銃殺されました
・ビルケナウ(第二アウシュビッツ)
ビルケナウはアウシュビッツから2キロほろはなれたところにあり、アウシュビッツからシャトルバスが1時間に一本運行されています(料金無料)
ビルケナウはアウシュビッツよりさらに大きく、ここでは数百万人の命が奪われたとされています。

死の門と鉄道引込み線


バラック小屋の中の収容施設


昔とは言え、たった60年もの間にそのような大虐殺が行われていたなんて、正直信じられず、その数も想像を絶するものがあります。このようなことが2度と行われることが絶対あってはならず、あらためて平和に暮らせていることを幸せに感じました。
クラクフに戻ったのは夕方だったので、ほぼ1日アウシュビッツの観光に費やしました。
ほんとうは、もう一泊クラクフに滞在したかったのですが、GWの関係でどこの安宿もいっぱいで、宿が確保できず、しょうがなく夜行でハンガリーのブダペストまで移動することにしました。
☆4日目の朝食☆

・パン
1zt(約50円)
☆4日目の昼食☆
・ふりかけご飯
約0.30ユーロ(約48円)
☆4日目の夕食☆

・ハムとチーズと野菜のサンド
・ビール500ml
・ソーセージ
約6.5zt(約325円)
☆4日目に使ったお金☆
251,1zt(約10925円)
※夜行列車代含む

クラクフ行きの夜行列車は2等のコンパートメントタイプで671kc(円)で所要時間は約8時間。
8人の用のコンパートメントに5人乗っていたので、なかなか足を伸ばせず窮屈でした。
クラクフには定刻どおり6時24分に到着しました。特にパスポートコントロールがあるわけでもなく、勝手に入国。
駅の休憩室で時間をつぶし、8時過ぎに予約していたホステルへ。。
駅から意外と遠く、30分ほどかかりました。チェックいんしようとすると、、今日の乗客リストにないと言われ・・・確かに予約したはずと、コンフィメーションのメールを確認すると昨日の日付になってました(>o<")一日間違えて予約してしまったのです。
あいにく今日はメーディで混雑しているため空き部屋がなくチェックインできず、他のホステルを数件紹介してもらいました。
2軒目・・・
紹介してもらったホステルに行くと1つだけ、空きがあるというのですぐにチェックインの手続きをして、部屋でくつろいでいると、、受付のおっちゃんが、申し訳なさそうにやって来て・・・
「オーバーブッキングだったと・・・」
正直、腹が立ちましたが、、しょうがなくおっちゃんが次のホステルを見つけてくれると言ったので、出て行くことに。
おっちゃんは、何軒ものホステルに電話してくれましたが、ホリデー期間のためなかなか見つからず、30分後くらいにようやく空きのあるホステルが見つかりました。
この際、選んでもいられないので、そのホステルに行くと、値段は少々割高でしたが、ランドリー、WiFiつきだったのでよかったです。
少し仮眠を取り、昼からクラクフの旧市街を観光しました。

フロリアンスカ門




中央広場では何やら仮装イベントが行われていました・・・


中央広場にある織物取引所
14世紀に立てられた建物で、もともとここで布地の取引がおこなわれていました。

聖マリア教会

ヴァヴェル城



ヴァヴェル城の大聖堂
☆3日目の朝食☆
・サラミサンド
5.5kc(約39円)
☆3日目の昼食☆

・ビーフケバブ
9zt(約450円)
☆3日目の夕食☆

・ラーメン
・ふりかけご飯
約0.30ユーロ(約48円)
☆3日目に使ったお金☆
54zt(約2700円)
今日は主にプラハ城のあるプラハの西岸を散策しました。

カレル橋
1357年から60年もの歳月をかけて作られた、ゴシック様式の橋。欄干には、30体もの聖人像が置かれています。

カレル橋から見たプラハ城

ネポムツキー像
触ると幸運に恵まれるという言い伝えから、多くの人が触り、そこだけ輝いています。


ピクリとも動かない衛兵さん

正午には音楽隊を伴った、盛大な衛兵交代式が行われます。
・聖ヴィート大聖堂
入場料125kc(約863円)
※旧王宮、黄金の小路との共通券






聖ヴィート大聖堂の展望塔からの眺め。プラハの美しい町並みが一望できます。



夕食後、夜行列車まで時間があったので、ホステルで仲良くなったマレーシア人のヘンリー君と軽く飲みに行きました。バーのビールも安くて、おいしく一杯100円くらいで飲むことができます。アメリカで有名なビール、バドーワイザーはチェコが発祥らしく、似たようなレーベルのビールをスーパーなどで多くみかけました。
無事に9時24分発のポーランド、クラクフ行きの夜行列車に乗り込むことができ、ポーランドへ・・・。
☆2日目の朝食☆
・パン
・オレンジジュース
☆2日目の昼食☆

・サラミとチーズのサンド
☆2日目の夕食☆
・野菜サラダ
・サラミ
・パン
・ビール
☆2日目に使ったお金☆
914コルナ(約6307円)
今回のフライトも朝早く、7時15分ダブリン発でした。
昨日は日本人の交換留学生のみんなとの最後のパーティで、徹夜して、空港に向かいました。僕がアイルランドに帰ったときには何人かは日本に帰ってしまっているので、なんだか寂しいです。
空港には5時半ごろに到着し、チェクインをすませ、すぐに手荷物検査を受けました。ダブリンの手荷物検査はかなり甘いはずだったのですが、今回は醤油とシャンプーを没収されてしまいました((+_+))
内液体の容量は100ml強だったはずなのですが、容器の容量がでかすぎたためゴミ箱行きとなってしまいました・・・。
朝のラッシュでフライトが少し遅れたため、チェコのプラハ空港には11時過ぎに到着しました。
空港からプラハの中心地までは119番のバスと地下鉄を乗り継ぎ40分ほど。
シティまでのシャトルバスもありますが、料金はかなり割高です。市バス・トラム・地下鉄は75分間の乗り放題チケットで26kc(約180円)

プラハのトラム
シティに到着後、すぐに昨日予約したホステルにチェックインし、町を散策しました。あいにく小雨が降り続く天気で少し寒かったです。

火薬門
1475年に建てられ、旧市街を守ってきた城壁の門の一つ


旧市街の広場

ヤン・フス像

天文時計
15世紀に作られ、今もなお時を刻んでいる天文時計
16時ごろに眠気がピークに達したので、今日の観光は終了し、町にあったテスコで買い物しホステルに戻りました。テスコが色んな国し進出しているので驚きです。チェコの物価はアイルランドよりはるかに安く、日本と同じくらいの感じがします。
テスコで買ったチーズとサラミも安くておいしく最高でした。
明日もチェコを観光し、夜行列車でポーランドへ向かう予定です。
☆1日目の朝食☆

・おにぎり2個
約0.25ユーロ
☆1日目の昼食☆

・キャベツとシーチキンの和風パスタ
約0.45ユーロ
☆1日目の夕食☆

・サラミ
・チーズ
・野菜サラダ
・パン
・チェコビール500ml
約20kc(約138円)
☆1日目に使ったお金☆
11.5ユーロ+363.1コルナ=4346円
※飛行機、ホステル代含む

